FacebookやTwitterに毎日触れていると、良い情報に巡り合えることが多くなりました。
そして、これらを「いい情報だよー」とか「為になるよー」とか、他人にシェアし、共有しあえるSNSの仕組みは本当に素晴らしいものと思います。

でも、どうしても違和感を感じずにはいられないことがあるんですよね。


それが・・・「シェアお願いします!


いやいや、なんでお願い聞かなきゃいけないんですか。
それなら、あなたよりもっと大切な友達のお願いを聞きますよ。と、そんなことを思ったりします。


そもそもシェアってのは、良いと思って人に広めたい、共感してもらいたい、役に立ってもらいたい、そう思うからすることです。それがお願いから入るって、本末転倒。一気に冷めちゃいますね。


というわけで、シェアは人に「頼む」べきものではない3つの理由を今日はお届けします。


①お願いは単純に借りを作るだけ



これはもうそのままですね。世の中は価値と価値の交換で成り立っているのですよ。

何かをしてもらったら、何かを返す。商品を買ったらお金を払う。

つまり、自分が価値提供できないのに、人に何かをお願いするのは、その価値バランスが崩れるわけです。結果、借りを作るだけ。お金で言えば借金です。

※過去にこんな記事書きました、よろしければ合わせてご覧いただければと思います。
 「お店の店員さんに敬語を使わない人は、価値と対価のバランスが分かってないと思う


②シェアをする動機は、内容そのものが「良い」とか「広めたい」と思うからであり、『お願い』は動機になりえない



そうそう、「良い」と思うからシェアするんですよ。お願いをされたところでそれは本来の動機ではない、つまり極端な言い方をすれば本意ではないシェアになるわけです。
そんなもんに価値はありますか?


③シェアをお願いするのは、人の気持ち、立場を全く気にしていない行動



特にセルフブランディングなんかをしている人は気にするんじゃないですかね。SNSで発信をするということは、自分が発信する情報の質にも気を使います。

ぼくは特にFacebookでは、人に役に立つ、面白いと思ってもらう、ということを常に考えております。
このブログだってそう。ほんのひとりでの、何かの気付き感じていただければ、ということを思いながら、必死に書いています。

だから、自分が良いと思ったもの以外の情報でノイズを入れたくないわけです。もちろん、友達だからという要素で、微力ながら拡散のご協力をさせていただくことはあります。
でもそれは、自分自身があらゆる情報の質のバランスを見ながら、「この人の投稿は広めたい!」という思いが勝つから、シェアをするわけです。


少なくともぼくは上記のような理由で、単なるお願いシェアには反応しないようにしています。
(もちろん、中身をみて世に広めたい!と思えば、全力でシェアしていきますけどね!)

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